コラム28 危うく道迷い

間違っていたはずの道標
間違っていたはずの道標

8月の上旬、世界選手権の帰りにオスロに寄って、郊外の森にマラニックに出かけた。ノルウェーは人口400万人に対して山岳連盟の加盟数が20万人という有数の登山国だ。オスロの周囲にも、ハイキングトレイル縦横無尽に走っている。前半は身体の調子もよく、トレイルランニング気分で、地図は時々見るだけで北に向かって走っていた。

 

だいぶ走ったころ、右手に急カーブする林道が見えた。そのうちその林道に合流するのかなと思いながら走っていくと、左右に走るトレイルにぶつかる分岐に出くわした。現在地を調べるため地図を取り出してみるが、それらしい分岐が見つからない。いずれも道標で示されているので、地図に水色線で示されるトレイルに間違いないはずなのだが、通っているルート上にそれらしい場所が見あたらないのだ。もっと不思議なのは、ずっと先だと思っていた北教会堂までの距離が0.5kmと出ている。さらに他の目的地への距離が、近いはずのものが遠かったり、遠いはずの物がすぐそばに書いてあったりする。

 

直感的に、「道標の設置位置が間違っている」と考えた。今いるあたりの沼と似たような名前の沼がだいぶ先にある。そこの分岐と間違えてこの道標を設置したに違いない。山岳連盟に知らせなければと思い、写真を撮ってその場を離れた。こんな間違った道標から、それが立てられるべき位置を割り出したなんて、我ながら大したものだよ。地図のその位置に印を付け、意気揚々と歩き出した。どちらに進めばいいか分からないが、さっき林道があった右の方にいけばなんとかなるだろう。

 

進んでいって、ほどなくその林道に出た。そこにもやはり訳の分からない距離表示があった。そして林道の配置をみた時、全てが飲み込めた。道標が本来立てられるべきだと思っていた場所に、実際に自分はいたのだ。つまり道標は正しい位置につけられており、自分は思っていたよりも3km近く先にいたのだ。

 

なんで、こんなことが起こったのだろう。第一にまだ自分はその途中にある林道を横切っていないと考え、地図でその手前の位置ばかりをみていたのだ。そういえば、その林道を横切る時、地図で確認したよ。それを忘れていたのだ。その日使っていたのが、めずらしく1:25000だったというのも原因の一つだろう。ノルウェーの地形は大雑把で、1:50000や1:100000ですら山歩きには十分なことも多く、実際僕もそれらを使うことが多かった。地図上で思ったよりどんどん進んでしまい、どうしても手前を探してしまったのだろう。

 

最後にあげられるのは、たぶん更年期障害とも言える記憶力の減退である。男性の更年期障害の場合、テストステロンの減少があるという。これが記憶力の減退につながるとされている。またこれと直接関係あるかどうか分からないが、男女には生物学的に空間能力に差があり、これがトランスジェンダー手術によって変化することを示唆する研究がある。更年期という、いわばオスらしさの減少が、空間記憶に何らかの影響を及ぼしていることは十分考えられることだろう。

 

ひょっとすると中高年の道迷い遭難の隠れた要因として、記憶力の減退は大きな役割を果たしているのかもしれない。

 

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