ヤマケイで連載している山の小物実験室で「コンパス」を扱うことになり、コメンテーターの役が回ってきた。日頃から、コンパスの取り説には一家言ある身としては、引き受けない訳にはいかない。
ベースプレートコンパスの大まかな作りは、どのメーカーも変わらない。しかしプレートのデザインや文字、スケールの入れ方などは各社様々だった。単純な部分だが、ベースプレートコンパスの命である直進に欠かせない進行線が読みにくかったり、進行線と合わせるべきリングの角度目盛りがリングの内側にしかついていなくて、数値を合わせにくかったりと、意外なところでも、使いやすい・使いにくいが違うものだ。
一番興味があったのは、プレートやリングのデザインが直進性にどう影響するかだ。さらにはプレートのないコンパスと直進性能がどの程度違うかだった。日本では直進をする機会は少ないとは言え、直進はベースプレートコンパスとしてもっとも重要な機能である。プレートの進行線や目盛りのデザインが直進性能に影響するとすれば、それらは単なる意匠以上に重要な意味を持つことになる。また、直進するためにコンパス上に記憶させた角度を環境上に展開させる時、最終的には視線の向け方がその精度を決定する。ベースプレートはそれを補助する道具にすぎないので、もしかしたらプレートのないコンパスでも、ある程度の直進が可能かもしれない。この実験には、僕とMnopスタッフの宮内、そしてヤマケイのライターのNさんが参加した。僕と宮内は熟練者、Nさんは経験者と言ってよいレベルだ。
結果は、3つに集約できる。まず、プレートの進行線やリングの目盛りのデザインは、操作性の主観的判断に大きく影響を与える点だった。進行線が短いもの、目盛りが進行線と合わせにくいものは、正しい方向を視認するのに非常に大きなストレスをかけ、それに伴い評価も低かった。第二点目は、驚くことに操作性の主観的な判断の違いにも関わらず、実際の直進の精度(20mほどの距離にすぎないが)は、ほとんど変わらなかった点である。宮内の全8機種を通した平均精度はなんと0.56度。すべての機種の誤差は0度か1度であった。村越がもっとも低くて、それでも1.7度である。宮内はなんと1%以下、村越でも3%程度の誤差であった。ただし、これは被験者がみんなある程度の経験者以上の者であったからかもしれない。初心者であれば、操作性の悪さはストレスとして感じられるのではなく、実際の精度に直結する可能性はある。この点は、是非再度実験してみたい課題だ。
第三に、プレートなしのコンパスの直進性能の高さであった。3人が1回づつ使った平均なので、統計的な吟味に耐えるほどではないが、プレートなしのコンパスでも2度(約3%強)の誤差であったにすぎない。もちろん、このコンパスは、プレートがないとは言え、リングの中でノースマークを回すことができる。従って、ノースマークを逆に進行線代わりに使うことで、プレートコンパスに似た使い方ができる。精度が比較的高かったのはそのせいかもしれない。それにしても、プレートがなくてもこの程度の直進性能が出せることが確認できたことは収穫だった。常々、初心者のコンパス利用講習にはプレートが操作を混乱させることがあると感じ、ひょっとしたらプレートなしコンパスの方が、よいのではないかと感じてきたが、直進を含めてもその予想は間違っていなかったことを確認することができた。
なお、実験と5項目からなる評価の様子は来月発行の「山と渓谷」5月号に掲載される。