コラム82 反事実的思考

大学では、管理・運営的な仕事は「雑用」として嫌われる傾向にあるが、普段の仕事の中では得られない人間関係を作ったり、専門とはちょっと外れる知識を得るいい機会でもある。先日ある仕事で分野の違う研究者を面接する機会を得たが、その人の研究領域に「反事実的思考」というトピックがあることを知った。

 

反事実的思考とは、その名のとおり、「事実とは反することを考えること」であり、たとえば、もし私が女だとしたらどんな人生を歩む可能性があったか、などというのが反事実的思考である。反事実的思考が学業成績と関連があるのだそうだ。確かに事実と違うことを考えることは、願望を除けば、高度な脳の力を必要とすると思われる。事実の多くは眼前にある情報を元にしているからある意味受動的に思考が活性化される。一方反事実は、能動的に活性化しなければならないと同時に、それが事実でないことを認識していなければならない。さらにたいていの場合、反事実的思考は、単に事実とは違うことを思い浮かべるだけでなく、反事実がもたらす帰結を考えることにつながる。現実に自分の周りにないことを元にその帰結を考えるのだから、そこにはかなり創造的な過程が働いている可能性が高い。

 

反事実的思考というテーマを知った時、真っ先に思ったのは、これは熟練したナヴィゲーターが少ない情報で現在地を推論するときにとる思考様式と類似のものだという点だ。たとえば、尾根をずっと降りてきたが、正しい尾根にいるかどうか分からないという時、現在の尾根のことばかりでなく、他に可能性のある尾根にいることを考えてみると、案外、「もし**にいるとすれば、・・・が見えるが、それが見えないのでやはり**にいることはありえない」といった考え方をする。もし他の可能性を全て洗い出すことができ、一つ以外の可能性を全て却下できるなら、自分のいる場所が分かる。これは数学で言えば背理法という考え方と同じだ。

 

なぜ、反事実的思考ができるようになるのだろうか。一つには発達(年齢にともなう自然発生的な成長)があるらしいが、成人でも状況によってはできない人がいる。どんな課題やトレーニングを積めば、反事実的思考ができるようになるのだろうか。ナヴィゲーション上達や教育の鍵の一つがそんなところにありそうだ。

 

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