コラム88 暗黙知としての地図読み

心理学に暗黙知という概念がある。計算方法なら、文字や言葉にして伝えることができる。だが自転車の乗り方を伝えることはできない。まさに自分で体得するしかないのだ。そのように獲得されたスキルやその背後にある知識のことを暗黙知と呼ぶ。

 

地図読みはどうだろう。少し前まで、僕は尾根線・谷線を引くことは、ある点を尾根・谷と同定できれば、その延長の単純なスキルと考えてきた、講習会でも「じゃあ、尾根線を引いてください」とのんきに言ってきた。その一方で、初級者がうまく尾根線を引けないことを不思議に思ってきた。初心者の誤解答を分析すると、実は自分が「暗黙知」、すなわち、等高線の曲率半径の最も小さい部分をとおり、その部分の等高線に垂直に線を引いて結ぶという知識を使っていることがあぶり出されてきた。そのことに気づいてしまうと、暗黙知はもはや「暗黙」ではなく、言語化してテキスト化することができる。ただ、依然としてそれはスキルなので、その言語情報を聞いただけではすぐに身に付かない(身に付く人もいる)のも事実だし、曲率半径の一番小さい部分を見つけること自体、暗黙知に支えられているのかもしれない。スキルは顕在化してもどこまでも暗黙の部分が残るタマネギのような構造をしている。

 

地図は明確な約束に基づく記号体系だから、上のように言語化/手続き化すれば、スキルのある程度の部分が顕在化されるかもしれない。しかし、混沌とした環境との相互作用を余儀なくされる実際のナヴィゲーションでは、どこまでいっても暗黙で有り続ける、タマネギ構造がきっとあるのだろう。

 

暗黙知の皮をきれいに一皮むけば、それは新しい指導法の確立として賞賛されるかもしれない。それは、教育をマニュアル化したという批判につながるかもしれないが、タマネギ構造を考えたら、常にその先に、実践を通して学習者が体得すべき暗黙知が待っていると言えるかもしれない。明確に教えてもらえる部分と暗黙知を体得しなければならないというバランスの上に、学ぶことの面白さも存在するのかもしれない。その意味では、地図とナヴィゲーションスキルの学習にはまだまだ暗黙知が多すぎる。

 

(参考:福島真人 (2001) 暗黙知の解剖:認知と社会のインターフェイス 金子書房)

 

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