コラム98 ナチュラル・ナビゲーション

イギリスの冒険家が書いた「ナチュラルナヴィゲーション」という本を読んでいる。ナチュラル、つまり磁石とか地図を使わずに、自然の中にある情 報のみを使って目的地に到達するのに使えるサインを紹介したものだ。太陽や星は方向を知る手がかりになるが、それすら時計があって初めて利用可能 な情報である。人工物なしにナヴィゲーションをする時には、植物から地形、動物の動きなどあらゆるものを効率的に利用しなければならない。そんな 前提で書かれているので、内容は博物学的に興味は沸いても、とても実用に結びつく代物には思えない。著者がナチュラル・ナビゲーションを講習して いるというのには驚いてしまう。しかも、ナビゲーションには、空間関係の知識が欠かせないが、それは本書にはほとんど出てこない。

 

この本が先日の朝日の書評に取り上げられていた。その中に「(自然の中にあるサインを使って自分の居場所をつかみ、また目的地に向かう行為で)地球とがっちりかみ合っているという感覚。それはGPSを使っていては絶対にえられない」という一節があった。半分納得したが、同時にこれは 「ナチュラルナヴィゲーション」とは対極にある考えでもある。

 

僕は、(マルチパスをまったく拾ってくれない)測量用のGPSを使って山の中で現在地をプロットし、地図を作る日々を送ったことがある。セミプロとして GPSの原理もある程度知っている。山に入るときには、スカイプロットで衛星の位置を確認し、なるべくいい条件で入る。それでも谷間ではぎりぎり 電波を拾えないことがある。スカイプロットを思い出し、腰を下ろして衛星電波が受信できるのを待つこともあれば、腰をくねくねしながら自分が見えない電波を感じ取ろうと努力していると、アンテナが衛星の電波を拾ってくれる瞬間もある。 自分があたかも 電波のセンサーになっているかのような錯覚にも陥る。やー、ここはだめ(うまく電波を拾えないだろうな)という嫌な感じになる。電波は、植生にも 影響されるので、植生を見ただけで、無意識に、「あ、電波取れそう」、などとも思う。相手はGPシステムという人工物だが、環境にあるナヴィゲーションの ための情報に対して最大限感受性を高めること、それはたぶん、私たちなら見逃してしまうような大地のサインに野生の人々が注目して現在地を理解しているのと同じことなのだろう。

 

この本に紹介されているような自然のサインのみに頼った冒険をするとは思えない現代のナヴィゲーターが、この本から学ぶことがあるとすれば、(コンパスやGPSを含めた人工)環境の中で課題解決に利用可能などんな些細な兆候でも見逃さず使うということだろう。また、それが可能な道具 (情報源)とのかかわり方をするという姿勢なのではないだろうか。たとえば渋谷で道に迷って駅に戻りたい時、地勢を知っていれば、どこにいるかは分からなくても傾斜が手がかりになる。渋谷駅は渋谷川の谷底にあるからだ。あるいはコンパス。確実かつ曖昧さなく北やその他の方向を示してくれる道具だが、それを手がかりに人間が特定の方向に進もうとすれば、構え方や視線の動かし方といった身体との微妙な関係が成否を左右す る。どんな道具でも、それを最大限に利用しようとすれば、その原理の理解とそれに裏付けられた繊細さが必要なのだ。

 

グーリー「ナチュラル・ナビゲーション」紀伊国屋書店

書評者:角幡唯介「自然の摂理 理解するための知恵」朝日新聞 2月9日

 

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