コラム104:リスクは誰にでも顕在化しうる

 トレイルランナーの相馬剛さんが、マッターホルンの登攀中に滑落事故に遭った。7月下旬、アイガーを巡る100kmのトレイルレースに出た直後のできごとだった。この事故を悲痛な気分で受け止めた人は多いだろう。昨年10月に旧職を辞し、トレイルランニング界を支える活動を開始した矢先の事故だったこともある。しかし、彼の事故が、昨年2月に立て続けに僕の周りで起こった海・山での遭難事故に比べてショッキングだったのは、彼が、元々リスクマネジメントに関わる仕事をし、アウトドアでは避けられないリスクに対して一定の自制心を持った人物であったと感じさせていたことが大きい。彼が主宰するFujitrailheadのサイトにも「山で死んではいけない」と書いてある。また、数年前、私がディレクターを務めたレースが台風の余波でコース短縮となっ た。前日から当日にかけて相当の雨量であった。相馬さんは出場してくれたが、そのレースを実施すべきかどうかをメールで議論したことがあった。「リスクマネジメントを仕事としている者として・・・」と断り書きの上で、そのレースをやるべきではなかった理由がいくつも列挙してあった。それらは批難ではなく、冷静な問いかけだった。そんなに冷静に自然のリスクを語れる人だったのに。どんなに注意深い人間でも、制御できない自然の中では事故は避けられない。その事実は、リスクをテーマに研究活動をしている私には既知のことではあったが、改めてその現実を身近な人間の事故によって突きつけられるのは辛いものがある。

 

 思えば、「トレラン紀元前」を牽引した下嶋渓さんも、マッターホルンで滑落死している。単なる偶然だとしても、そこには、中途半端な難易度 (ロープで確保しなくてもいけると思う程度の斜面)が、リスクを高めるという教訓をくみ取るべきだろう。相馬さんの場合には、100kmレースの わずか数日後というのも気になる要因だ。どんなに強靱な肉体を持ってしても、100kmレースは身体のダメージを与えたことだろう。それも事故の遠因になっているかもしれない。こうやってリスク要因を書き出すごとに、それに彼が無自覚だったのか、それとも自覚しつつも挑戦した上での敗退なのか、ともはや答えの得られない問いかけをしてしまう。

 

 大きな身体的リスクはないオリエンテーリングだが、ミスが競技にとって致命的だという特徴を持つ。そして、ミスは自然の曖昧さを読み誤ることによって発生する。その点では、オリエンテーリング競技者が遭遇するリスクはアウトドアにおける身体的リスク源となんら変わることはない。かつて招いた世界チャンピオンが、オリエンテーリングをしている時には、(リスクに対して)「頭の中でベルを鳴らせ」という言葉を残していった。自然の中での活動に関わる際の、警句として留めたい。

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