ノーベル物理学賞が日本人3人(正確には中村さんは米国市民権所持者らしい)が授賞したニュースにかき消されてしまったが、私にとっても今年のノーベル賞はエキサイティングなものだった。ノーベル生理学・医学賞は、オキーフらの海馬における「場所細胞」の発見に与えられたからだ。マスコミの中には「脳内GPS細胞」と報じたものもある。原理はだいぶ違うにしても、機能としてはこの比喩はほぼ的確に発見の趣旨を捉えている。オキーフらは、場所が分かるというかなり高次な認知機能に直結する活動の細胞を1970年代に見つけたことが授賞理由だった。
この発見に触発されて、その後、海馬とその周辺では、自分が向いている方向に特異的に反応する「頭方向細胞」、境界が特定の方向にあることに反応する「境界ベクトル細胞」、さらにオキーフと同時にノーベル賞を受賞したモーザーとモーザーにより「格子細胞」が発見された。いずれも、空間を何らかの形で概念化して把握することに対応した細胞である。それらの協働がどのようなものかは未解明だし、そうした神経機構を基盤にしてどのようにナヴィゲーションの問題解決がなされているかは、今後のチャレンジである。さらにいえば、これらの研究の多くは齧歯類での発見である。夜行性の齧歯類と人間では空間を認知する時に手がかりにする情報が異なる可能性はある。また場所細胞が反応しているのは、純粋な「場所」か、それとも目印なのかについても、議論の予知はある。課題はあるにせよ、それが明確な形で記述できるのも、彼らの発見があればこそなのである。また、アルツハイマーの初期の典型的な症状にエピソードに関する記憶の障害や慣れている場所での道迷いがあることから、空間認知に関連した神経生理学的研究はアルツハイマー症の予防にもつながるというのが今回の受賞理由の一つだ。
中村修二さんは、会社と戦っていたころから注目していただけに、その授賞はうれしくおもったが、彼ら日本人の授賞や史上最年少の女性の平和賞受賞などの陰に、場所細胞の発見のニュースが霞んでしまったのが、ちょっと残念。