コラム112:リスクマネージメントとナヴィゲーションの発想

 2012年2月に4人の知人を事故で失って以来、アウトドアにおけるリス クについて考えない日はなかった。折しも、僕は高所登山家へのインタビューから、彼らのリスクへの対処方略を抽出する研究に従事してい た。高所登山家は、掛け値なしに「死と隣り合わせ」の活動をしている。私たちは彼らと同じことは決してできない。しかし、私たちもアウト ドアで活動する時、「絶対ねんざしたくない」ではなく、「ねんざくらいは仕方ない」と思っているのではないだろうか。あるレベルまでのリ スクは許容しているのだから、リスクの中でそれを制御しようとする彼らのアプローチは示唆的なはずだ。


 そんな視点で研究をしてみると、彼らのリスクに対する考え方や取り組み方の特徴が見えてきた。主要な未踏峰 がほとんどなくなってしまった現代の高所登山家は、装備を自ら制約したり、より困難なルートを開発して、不確実さを含むレベルに挑戦を高 めることを意識的に行っている。不確実さは挑戦のわくわく感を生み出すと同時に不安の源でもある。では、その不安にどう対処するかだ。

 高所登山家へのインタビューから、彼らが1つの前提と2つのフェーズでリスクを制御していることが明らかに なった。一つの前提とは、①自然の中の活動には不確実性が不可避であること。そして2つのフェーズとは、②計画によるリスク回避、③オン サイト(活動場面の中での)でのリスク軽減である。


 不確実性の自覚とは、自分が従事している活動の結果が不確実なものであり、損害が希ではあっても起こりえる と考えていることに加え、そのような結果は偶発的に発生してしまうことへの自覚である。当たり前のことのように思えるが、活動に際してこ のことを明確に自覚できる人はそんなに多くない。この自覚があるからこそ、2つのフェーズによるリスクマネジメントへと意識が方向付けら れる。計画によるリスクの回避とは、事前情報や過去の経験によってカタストロフィックな不確実性を回避することである。オンサイトでのリ スクの軽減とは、活動中に得られる情報によって損害を伴う結果が顕在化する前にその都度対応していくことである。


 二つのフェーズによるコントロールが必要かつ有効なのは、次の理由による。複雑で曖昧な自然環境の中での活 動では、事前にどんなトラブルが起こるかを100%予測することができず、計画だけでリスクをコントロールすることは現実的でない。それ に対してオンサイトでは状況が限定されるので、起こりえるトラブルを予測することが容易になるからだ。一方で、オンサイトの判断だけで は、致命的な状態を避けられない。たとえば、裏山なら、雪が降ってきたら家に戻るというオンサイトの判断で十分だ。そこでは寒い・しもや けといった軽度のリスクはあるが、死ぬことはないだろう。だが、高山帯で十分な準備がなければ、雪に降られたら死ぬリスクもある。そうな らないためには、事前に十分な防寒具を準備するといった計画的対応が必要となる。事前の計画は致命的状態に陥ることを回避してくれる。オ ンサイトの判断で重要なことは、状況の変化に敏感になることと、そこに介入してシナリオを変化させることができるかを知っていることだ。 それは「臨機応変」ではあっても、場当たり的な対応ではない。


 こう考えて見ると、優れたオリエンテーリング競技者がナヴィゲーションの中で行っている行為は、これと同じ ものに思える。彼らは、森の中では思い通りに進路を維持することが難しいと知っている。オリエンテーリング競技では、競技中、ミスに対す る「頭の中のベルを鳴らす」ことが重要だと指摘される。これはリスクに直結する状況の変化に敏感になれという意味だ。それと同時に、その 場では制御不能のミスを回避するために、事前のプランニングも重視されている。そして、レースが終われば、ミスをした時はもちろん、そう でない時もレースの詳細を振り返り、次につながる教訓を得る。


 ナヴィゲーションについて考えてきたことが、リスクマネジメントにも有効に生かすことができた。その結実が 拙著「山のリスクに向き合うために:登山のリスクマネジメントの理論と実践」(東京新聞)である。6月中旬に発行予定である。

NPO法人Map, Navigation and Orienteering Promotion

 オリエンテーリング世界選手権の日本代表経験者、アウトドア関係者らが、アウトドア活動に欠かせない地図・ナヴィゲーション技術の普及、アウトドアの安全のために設立したNPO法人です。

活動をサポートして下さる方を募集しています

2015年3月のシンポジウムのプログラムと村越の発表資料を掲載しております。

初心者に最適なコンパス、マイクロレーサー