コラム114:精緻な数値情報は正しい危険評価に貢献するか?

噴火警戒レベルが2に引き上げられた箱根に対して、静岡大学の火山学者小山さんが火山活動のシナリオごとの確率を計算し、公表してから1ヶ月になる。この間、警戒レベルはさらに引きあがり、レベル3になってしまった。レベル2より3が上なのは分かる。だが、その程度は適切に伝わっているのだろうか。

 

 火山噴火というと火山がいっきに爆発するイメージがあるし、それが即致死的な状況になるという印象が強いかもしれない。おそらくそれは御嶽山の噴火でさらに強化されたことだろう。だが、火山の噴火現象の全てが致死的な訳ではない。噴火にともない様々な事象が発生するが、噴火の象徴のような溶岩流は速度が遅いので、致命的なことにはなりにくい。ハワイの火山で、麓の集落に溶岩が近づいた映像が昨年流れていたが、それを見ても、住民は困ってはいてもそれほど慌てているわけではない。一方、火砕流は瞬間的に発生し、流下速度も猛烈に速い。あるいは火口近くにいれば、時速 100kmを越える噴石が襲ってくる。反面、火口からの距離があれば、噴石の落下は限られている。従って、噴火がどのようなシナリオをたどるかは、火山噴火のリスクを考える上では欠かせない情報である。

 

 小山さんの推定は、これまでの噴火史を踏まえたものだが、それによると、噴火の確率はわずか4%、しかもそのうち火砕流を伴う可能性のある水蒸気噴火は83%で、それに火砕流が伴う確率は20%である。つまり0.04×0.83×0.2の確率で破局的な状況が生まれるわけである。これは約6/1000の確率である。火砕流を伴うケースとして1%のプリニー式噴火があるが、それを加えても1/00を越えることはない。もちろん誤差はあるし、備えは必要だが、過剰な反応は不要だという数値に思える。

 

 この公表が報告された新聞記事の中で小山さんは、「箱根山の活動について、安全側と危険側の両極端な見解が報道されている。・・・確率を元にリスクを判断してもらいたい」と述べている。この考えには賛成である。回避もコストを伴う訳だから、定量的にリスクを判断しないと、回避によるコストの方が大きくなってしまう危険性もある。これは決して杞憂ではない。ニューヨーク貿易センタービルへの自爆飛行によるテロでは、乗員の死亡数は約250人だった。その後しばらくはアメリカでは自動車交通量が増加した。飛行機によるリスクを避けるためだと考えられる。それによって増加したと推定できる交通事故死者は、乗員の死亡数の約6倍に当たるという報告もある。これもあるリスクを評価することなしに回避した結果である。

 

 4年生のゼミで、主観確率がどう言語によってラベリングされるかを研究しようとしている学生がいる。そこでよく話題になるのは、本当に人は確率を適切にイメージできているのかという点だ。同等の条件の事例の全体像を想像し、その中で当該事象の発生数を予測することで可能になる確率評価 は、人間にとってかなり難しいものの一つである。それに関連して疑問に思ったことは、せっかく小山さんが詳細にシナリオ確率を出したとして、その 確率を適切なリスクの評価、そしてそれに基づく行動に結びつけることができるだろうか、ということだ。もし4%でもあるのは耐え難く危ない、と方略的に考えられてしまえば、結局確率の呈示も安全側あるいは危険側に偏った認知を生み出すだけだ。

 

 そこで、学生を対象に簡単な実験をしてみた。まずは追加情報を与えない条件で箱根の噴火確率を推定してもらった。また主観的な危険度を評価してもらった。確率も危険度の評価も広く分布し、しかも両者には関連が見られなかった。

 

 その後、小山さんのシナリオを見せて噴火確率を評価してもらった。確率の幅はだいぶさがったが、4%と書いてあるのに10%以上の確率を答えた学生が一定数いた。理由を尋ねてみると、シナリオが詳しく書かれていたので、噴火するというリアリティーがあがってしまったようだ。全体として は、書かれていた数値は確率予想を下げる方向に作用すると同時に、具体性が確率予想を上げる方向

に作用するという、二つの影響を見出すことができ た。また、情報提供後の危険度の評価は全体としてやや下がったが、危険度と確率の相関は相変わらず低かった。

 

 小山さんは、正確な数値予測を出すことで、冷静な判断材料を提供しようと考えた。その試みは一定程度成功してはいるが、詳細さがリアリティーを介して、冷静さを阻害する傾向に働く可能性が見られた。社会に対して出されるリスクのメッセージはこうした点に対する考慮が必要なのだろう。

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