軍隊のように任務が致死的で高度に目的がはっきりした組織では階層的規律が厳しいほうが、パフォーマンスが高いと思える。安全への懸念があっても、目的遂行のためには上官は部下に対して危険な任務を要求しなければならない。部下がいちいちそれに異を唱えていては、軍隊の目的は達成できない。
では、登山隊はどうだろう。登山隊の目的も登頂という比較的はっきりしたものだ。その任務は軍隊に負けず劣らず致死的なリスクを含む。特にヒマラヤの高山を目指す登山隊ならなおさらだ。各メンバーがやれと言われたことをきちんと実行して初めて登頂の成功確率は高まる。つまり階層的規律は登山隊の成功を促進する効果があると思える。その一方で、登山の場合は致命的な危険があれば退却し、結果として隊全員を無事に連れ帰るという選択肢もある。だとしたら、平等主義的にメンバーが自由に自分の考えを言い合える組織であれば、リスクの察知や評価も確実性が高まる。また往々にして犠牲になるのは下位のメンバーだが、下位のメンバーが不安感を率直に告げることができれば、隊全体の安全にも寄与すると考えられる。この場合、階層的規律はリスクを高める方向に作用する。つまり、階層的規律は登山隊の任務遂行には相反する二つの影響を及ぼすと考えられる。
今回紹介するのは、それを実証した研究である。研究は二つのパートからなっている。第一のパートでは、27カ国146人の熟練した登山家を対象に、仮想の登山隊についての評価をさせ た。仮想の登山隊は二つあって、Aは階層的規律が厳しい隊、Bは 平等主義的な隊であるように記述されている。ABそれぞれについて、協同がうまくいくか、心理的な安全感が得られるか、情報共有はどうかという評価をさせた。対象者はAまたはBのどちらかの一方だけの質問紙を見ているので、両方を比較することはできない。結果は、予想とおり、階層的規律の厳しい隊のほうは、協同はよりうまくいくが、心理的な安全感も情報共有も低く評価される傾向にあった。熟練した登山家たちも、階層的規律によって隊の雰囲気やパフォーマンスが変わると考えていることが分かる。
第二のパートでは、20世紀のヒマラヤ登山における56カ国の5104隊30265人のデータベースを対象とした。隊の階層的規律の厳しさはその隊の国籍を使って定義した。これができるのは、過去の国際調査によって各国の文化特性として階層的規律の厳しさについてのデータが得られているからだ。そして、成功の指標としては登頂成功者数、また失敗の指標としては隊の死者数を使った。ただし登頂成功者は多くても、同時に死者数が多いこともありえるので、成功でないことが失敗というわけではない。成功=登頂成功者が多くても、死者も多いということもありえるし、その逆もある。
結果の詳細は統計の細部に入るので端折るが、結果は興味深いものだった。つまり階層的規律が厳しい国(文化)から来た隊は、登頂成功者数も多いが、死者数も多かったのだ。予想したとおり、階層的規律はリスクに関して矛盾する二つの機能を持っていたのだ。しかも、この傾向は集団での登山に限られ、ソロでの登山ではこのような傾向はなかった。つまり階層的規律という文化は集団(の力学)を介して、死者数を犠牲にしての成功につながっているということだ。
研究は最後にこう結んでいる。
「階層的規律の重視は、協同努力への確かな道筋をつけるが、同時に、それは脅威に面した時の弱者の声を消す。それによるミスを減じるためにも、階層的規律重視の中で、下位の低い構成員が自分の主張をできるような仕組みが必要だ」
このコメントは、一般の集団登山についても貴重な教訓になろう。
参考文献:Anicich, E. M., Swaab, R. I., & Galinsky, A. D., (2015). Hierarchical cultural values predict success and mortality in high-stakes teams. PNAS Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, 112(5), 1338-1343.