3年ほど前、TBS開局60周年記念の超大作時代劇「仁」が放映された。現代の敏腕外科医が江戸末期にタイムスリップし、満足な医療機器もない中、懸命に市井の人々を救おうと苦悩するドラマだ。タイトルロールでは、現代の東京に明治初期(つまりはほとんど江戸期だ)の東京の写真がオーバーラップし、現代の東京からは想像もつかない質素な町並みとのどかな風景が映し出される。江戸は世界有数の田園都市とされているが、明治初期にもその面影は色濃く残っている。東京の過去へのノスタルジアを満たしてくれるイベント、それが「ロゲイニングイベント今昔物語」であった。昨年も世田谷で開催されたが、今年は大田区を中心とする城南地区で行われた。
このイベントは野川のカルガモのおとうさんこと後閑茂弘氏がオーガナイズしている。なにが「今昔」かというと、今の東京を昔の地図を使って走ろうというイベントだからだ。クラスは二つ。一般クラスと地図ヲタククラスである。地図ヲタククラスに配られるのは大正初期の地形図である。大正時代のこの地区は、一部の鉄道こそ走っているが、景観はほとんど江戸末期そのままだ。その地図に記されたポイントを巡るロゲイニングなのだ。
地図を見た多くの参加者が唖然とする。それはそうだ。建物も街路も今とは全く違うのだから。「いったい、こんな地図で目的地にたどり着けるのか?」。確かに、現代の地図は一面の市街地なのに対して、当時の地図ではのどかな田園風景が広がっている。建物はもちろん全く違う。だが、当時の地図を見ると集落がなぜそこに立地したかが分かる。谷底を避けた微高地に集落が広がっているのだ。集落の中心だろう位置に駐在所が設置され、それが今に残っている。よく見ると、屈曲した道路には当時の名残が残っている。現代の地形図では無数の道路に埋もれて見えないものが、当時の地図ではクリアに見え、またそれを現地で確認することができる。
極めつけは地形だ。現代の地図からは読み取れない地形が、当時のシンプルな地図からは容易に読み取ることができる。あるいは当時の地形図にも等高線では表現されていない微高地が、土地利用や集落の立地から読み取ることができる。そして、それらの地形のほとんどが、現在でもこの地域には残っている。
大正期の地形図から地形を読み取る。ナヴィゲーションのために、参加者はその地形を風景の中に読み取ろうとする。もちろん、そこには家屋やビルが密集していて、その下にある大地を直接見ることはできない。だが坂があれば、そこに尾根や段丘があることが分かる。あるいは暗渠は緑道や独特の線形を持った道路からその存在を知ることができるが、それは昔の河川を読み取ることに他ならない。河川があれば、そこには谷があったはずだ。大正の地形を現代の景観から読み取ることができるのだ。
地形を手がかりにナヴィゲーションをするうちに、いつしか参加者の目はかつての東京の地形をビルの背後に読み取り、そして当時の地図から読み取った景観が目の前の風景に融合していく。ナヴィゲーションという媒介によって、比喩以上に私たちは当時の東京にタイムスリップしていく。「都内 なのにトレランしたみたいな気分になった」と感想を述べた参加者もいた。これは、地形の起伏に富む東京、その地形が残る時期に作られた正確な地図、そしてナヴィゲーションスキル、この3つが揃ってこそ生まれる奇跡のタイムスリップである。
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