コラム119:後悔

 冬山に入る準備で、静岡の登山用品店に出かけた。店長さんは顔見知りで、レジを打ってもらいながらしばし歓談していると、「こんなところでなんですけれど・・・」と言って、「山のリスクと向き合うために」を出してきて、サインを求められた。こういうプロフェッショナルの方に読んでもらえるのは嬉しい限りだ。話は内容のことになる。

 この本の冒頭は西穂高で遭難した私の友人の話で始まる。冬山としては初級の山である西穂高に登った知人はルートを少し踏み外したのか、150m滑落し、骨折。その時点で命に別状はないはずだった。だが、悪天候の中救助が得られる、二日 後に心肺停止状態で発見された。外交的な彼女は、しばしばその店に来ては、「Mさ~ん」といって、店長さんと山についてのおしゃべりを交わしたとのことだった。遭難した年にもアイゼンをその店で購入した。「あの時、もうちょっと止め具を強く締めるよう教えてあげれば、彼女は遭難しなかったかもしれない、って思う時があるんですよ。」と彼は言う。遭難には多くの原因があるのだから、遭難が誰の責任という訳でもない。そう言っても、彼にとっては慰めにはならない。

 心理学の研究に後悔の持続に関する研究がある。それによれば、しない後悔はした後悔よりも長く続く。遭難者に関わった人の多くが「しなかった後悔」を胸に抱くが、その後悔はなかなか癒えない。

 昨年12月に大雪山で遭難した谷口けいさんを偲ぶ会が、3月13日に行われた。彼女の遭難について、彼女ほどのクライマーがなぜ休憩時にミスを犯して滑落したのかについての疑問をFBに書いたところ、日本でも指導的にあるガイドの方が、「実は同行した他の男性クライマーには注意を促したのだ。なぜ、本人(谷口さん)にも直接言わなかったのか、後悔している」というコメントをもらった。些細な兆候は常に事故につながるわけではない。本人の主体性、人間関係など、注意すれば発生するであろうマイナスと確率的には非常に低い遭難のリスクを天秤にかけて人はリスク対処を躊躇す る。それが「しなかった後悔」をもたらす。

 死んでしまった遭難者自身が後悔に苛まれることはない。だが、周囲の人には長い後悔の時間が残される。

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