コラム129:那須岳雪崩遭難に思う

 前回のコラム「救助ヘリ有料化」の議決が埼玉県の議会でなされたその日に、栃木県の那須岳で悲惨な雪崩事故が起こった。雪崩による遭難は毎年10-20人程度が巻き込まれている(死亡数は不明)。従って、山岳遭難3000人の中では決して多い遭難ではないが、起こらない遭難でもない。しかし、今回の事故は前途有望な高校生を含む8人が一度の犠牲になった。しかも、課外活動である登山部が「春山研修」として県単位で行っていた講習会においての事故であっただけに衝撃は大きい。学校というある種特殊な組織の活動で発生した事故ではあるが、山のリスクという視点でこの事故が投げかけたものは、山や自然に親しむ私たちに多くの教訓を投げかけてくれる。

 

 第一に山に「絶対安全」はないという点。講習の指揮をとった顧問の先生は記者会見や新聞報道では「絶対安全」として事故にあったラッセル訓練を実施したということだが、管理されていない自然の中で、まして雪に覆われた時期には、どんな些細なことでも大事故につながる可能性があり、絶対の安全などないのだということ。関連して、顧問の先生はベテランだという報があったが、本当の山のベテランが「絶対安全」というのだろうかという疑問が個人的には残った。

 

 関連して、もしラッセル訓練が事故が起こった場所である尾根上の急傾斜地の直下の林のない場所であることを知りながら、安全だと考えていたのだとしたら、雪崩についての貴重な知見が全く生かされていないことになる。遭難の原因になる気象現象は、基本的に物理現象だから、発生要因は明らかだし、発生には不確実性があるとしても、知識があれば危険性をある程度は判断できる。山の危険に関する知識とその使い方についての根本的なところに課題があるのではないだろうか。

 

 第二に学校教育におけるリスクとのつきあい方である。部活動は生徒の自主性に任される部分の多い学校内での活動だが、実質的には顧問が深く関与している。加入は自由だが、一度入れば、どんなに不安があっても「今回は止めます」「今度の山行は興味がないので僕はいきません」とは言えないだろう。不安や乗り気でないのにリスクに晒されることは非常に辛いことだし、危機管理的にも問題だ。リスクがあるからこそ価値がある。これは高校生でも変わらないと思う。しかし、そこに強制や準強制があるとすれば、許容されるリスクはぐっと低いものである必要がある。そんなところに無頓着な学校教育の姿勢が「組み体操」の事故では社会から問われ、あっという間に組み体操全面禁止に等しい実態となってしまった。登山を文化として残そうと思うなら、強制力と許容されるリスクレベルについて、もっと議論がなければならない。

 

 一方で、これは学校教育に限った問題ではない。大人の自由に見える山登りでも「1年以上前から約束していた登山」に体調が悪いからという理由でキャンセルできるだろうか。あるいは山頂間近で高山病になった時、無理しても着いていくのではないか。リスクのある活動の中での「強制」の影響は、万が一事故が起こった時の関係者の心情に大きな影を落とす。

 

 最後に気になるのは「冬山原則禁止」の通達だ。高校生以下では冬山登山は文科省の通達で原則禁止となっている。それなのに県単位で雪山で講習が行われているというのもおかしな話だが、禁止だから「春山」と名付けてやっているというのが正直なところだろう。原則禁止の中でやろうとするからそういうことになる。春だから安心だとは思わなかっただろうが、冬の厳しさの中で敢えてやることに伴う緊張感、最大限の努力がどこかで失われていないだろうか。

 

 冬山や高校生登山への過剰な規制も気になる。そんな中で山岳県である長野県の教育長は「「登山は一つの文化。一切禁じることはあり得ない」と述べたという。教育の長に立つものとして慧眼である。

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