2005年末に設立した本法人も、20期を迎えることとなりました。この間、ナヴィゲーションスキルと学習方法の体系化に大きく貢献してきました(この経緯は、昨年の山と渓谷7月号に「来し方行く末」に6pにわたり掲載されています)。また、この10年ほどは、リスクマネジメントの研究をベースに、その方法の体系化も進めています。
昨年は、幼稚園に新しい大型遊具を設置し、そのリスクを保育者と子どもがどう捉えているかを検討する研究をスタートしました。
そこで気付いたことは、幼稚園でのリスクと過酷な自然環境のリスクも同じ対応原理があるということです。たとえば高山なら「絶対登りたい山」がある、南極なら、前人未踏だからこそ得られる研究材料がある。その価値が同時にリスクの源となるのですが、幼稚園の遊びも同じだということです。リスクの性質を考えると、幼稚園から南極まで、全てのリスクは同一の原理で対応ができると言えるかもしれません。
新型コロナ禍が終結し、本格的なアウトドアイベントが5年ぶりに復活、一方で、遭難数の漸増傾向も続いています。ただ危険を喧伝し、事故をなくすのではなく、自然の中の不確実性故にある魅力を享受するとともに、リスクに対応し、さらにそれを学びの契機とする。そんなアウトドアの構想を今後も広げていければと考えています。
当法人は、ナヴィゲーションスポーツの普及やアウトドアの安全のために、イベント、講習会の開催や大会への技術サポートを行っています。今後は、以下の行事を開催、協力していきます。また、村越が関係する他団体の行事も掲載しました。
以下で紹介する事業のうち、当法人主催事業の「有度山トレイル三昧」、朝霧野外活動センター主催の「初めてのナヴィゲーション」「オリエンテーリングin朝霧」ではお手伝いいただけるスタッフの方を募集しています。
また、お手伝いではなく、運営や指導の勉強をしたい方も実費での参加を歓迎するイベントもあります。お問い合わせください。
[以下3イベントの詳細はいずれも朝霧野外活動センターwebからご確認ください]
4月末は、昨年から名称をMFと変えた富士山一周100マイルレースの安全管理を担当しました。安全管理という面からみると、このイベントには光と陰があります。本レースは、世界に通じる100マイルレースとして、日本の長距離トレイル界を牽引してきました。それは自然度の高いトレイルが含まれていることも大きな理由ですが、それによる人気が高まれば高まるほど、十分管理のされていないトレイルを、十分な経験のない選手が走ることになります。私たち安全管理・救護チームも致命的な事故がないよう体制を整えて臨みますが、それに頼って、本来は次のエイドに進むべき区間の途中でリタイアする選手も少なくありません。これは私たちにとっても大きなジレンマです。
このジレンマと向き合いながら、約10年間、MF(旧UTMF)の安全管理を行ってきました。そこでは研究で深めたリスクマネジメントの原理的な考え方を実践に生かし、多くの人との協働実践の中から新たな気づきを得る貴重な経験をすることができました。
最初に驚いたのは、計測を担当するRb'sに「選手の帰還を確実に把握することがアウトドアにおいて最大限のリスクマネジメントだ」という発想が乏しいことでした。オリエンテーリングのように、管理できない、100%のリスクを把握できていないテレイン全体で参加者がどこに行くかも分からないオリエンテーリングでは、フィニッシュにおける参加者管理は不可欠です。決められたルートであるとは言え、トレイルから外れる可能性もあるトレランレース(そして、実際しばしばトレイルからの逸脱が起こる)でも同じことなのです。スイーパーを走らせようが、エイドが充実していようが、スタートし、管理された空間から未管理の空間に入った全ての参加者が確実にフィニシュに戻って、再び管理者のいる空間に入ったことを確認することがトレランレースにも欠かせません。その手段が計測チップなのです。安全管理のハードとしての計測チップと安全管理のソフトとしての、区間通過後速やかに全てのチップが登録されていることを確認する重要性を理解してもらうのに、長い時間が掛かりました。
参加者の装備チェックも興味深い経験でした。私は当初、レース前、途中のエイド、あるいはレース後に多くの装備チェックの指揮を執り、現場で携わりました。
装備の不備により多くの失格を出したレースもあります。装備で失格になるのは選手にとっては無念でしょうが、こちらにとっても残念なことです。しかし、それらの装備は何のためにあるのでしょうか?アウトドアという不確実性の高い場で、リスクが変動してもなお無事に戻るためにあるのです。初回から現在に至るまで必須装備は要項に掲載されていますが、「持てと言われたから持つ」のではなく、「自分の命を脅かす**という場面に対応するために××を持つ」という参加者は、依然多数派ではないように思います。
装備チェックの際の荷物を見せる手際にもスキル差が現れます。概ねトップ選手は「××出して」というと、すっとでてきます。最近のトレランザックはポケットも多く、装備の整理には便利ですが、そのために、「××出して」といっても、「あれ?」「こっちじゃないか?」とあちこちに手をつっこんだり、挙げ句の果てには中身を全部だす羽目になる参加者もいます。トップ選手は、レース中、この装備はこういう用途でこの程度の頻度で使う、といった意識が高いために、装備の収納場所もきちんと把握しているのかもしれません。
学習機会のない多くの個人活動者にとって、レースは楽しみの場であると同時に、学習の場である必要があります。サービスとして安全を提供するだけでなく、主催者の安全確保が学習機会にもなり、そういうアウトドアイベントを構想していきたいものです。