Mnop会員の皆様、明けましておめでとうございます。
2005年の12月に静岡市に認証をいただきましたので、本法人も満20年の誕生日を迎えました。この間、ニッチな世界ではあるものの、アウトドアのナヴィゲーションとリスクマネジメントに大きなインパクトを与える活動ができたと考えています。
ナヴィゲーションと読図については、私自身の研究成果とも合わせて、JOAの「ナヴィゲーションインストラクター」「ナヴィゲーション検定」として体系的な完成を見ました。本質にあるものは変わりませんが、体系化されることによってアウトドア界でのナヴィゲーションとその習得に関する意識が高まったことを日々感じています。皆様の中にもインストラクター資格を取得された方も少なくありません。今後も法人を超えたナヴィゲーション界への寄与をお願いします。
リスクマネジメントについては、昨年は忘れてはならない二つの大きな事故がありました。トレラン界では5月に奥多摩でリーダーが率いるグループ練習で行方不明が発生し、後に遺体となって発見される事故がありました。また10月には日本オリエンテーリング協会主催の全日本ミドル選手権で、M80Aに参加の高齢者がやはり行方不明になり、遺体となって発見される事故がありました。活動の性質が違う両者ですが、都市とは異なるリスクの拡大がアウトドアの中にはあることを意識させられた事故でした。
事故が起こると、安全管理が強化される傾向にある昨今ですが、これらの事故は安全管理だけでは十分ではなく、適切ですらないことも教えてくれます。オリエンテーリングにおいては、自らのスキルで道のない場所で進路を決めることが技術の中核であり魅力でもあります。トレイルランニングでも、自然の中で自由に走ることが魅力ですが、これらは管理しきれない環境で、事故のリスクが一定以下には下げられないことを意味します。どちらの観点からも、管理には限界があると同時に、管理の強化は楽しさを奪うことにもなりかねません。改めて、一人一人の活動者がそのことを自覚するだけでなく、そこにも自然に挑戦する楽しさがあることを理解してもらうことは、「成人に達した」本法人の重要な使命だと改めて考えるこのごろです。
私自身、3月末で長年勤めた大学を退職となりますが、その後は仕事を絞って、こうした使命に沿った活動を充実できればと考えています。皆様のサポート、参画をお待ちしています。
詳細は「現在・今後の活動のご紹介 」からご覧いただけます。
<主催事業>
<他団体による主催(M-nop協力・村越の講師参加等)>
<村越が関わる国際イベント>
<先の予定> new!
前回に引き続き、11月に開催されたデフリンピックの運営記です。今回はバックヤードからの感想をお届けします。
地図という視覚情報が主たるオリエンテーリングでは、聴覚障害は直接の影響はないはずです。従って、競技で配慮したのはスタートのチャイムの音くらいでした。これはLEDを使ったライトの点滅で容易に補うことができます。一方で、実際に大会運営が始まると、彼らが様々なハンディーを背負っており、運営もそれに対応したものが求められることを痛感しました。
競技が順調に進んでいる時は問題ありません。しかし、イレギュラーなことが発生すると、その状況を説明したり彼らの要望に対応するのはなかなか難しいものがありました。たとえば、最終日のリレーではUSAがウムスタート(制限時間をオーバーしたので、最終走者が一斉にスタート)しました。準備のために3分前に地図を渡すと、彼はそのまま走りだそうとしたのですが、それを止めるのは容易ではありません。最初は役員も「まだですよ!」と大声をかけましたが、もちろんその方法は有効でありません。
コース内の給水では、地図や計測チップを落としたといった申し出があったようですが、何を言おうとしているのかも、こちらの対応もうまくコミュニケート出来ませんでした。ロングでは地図外に出てしまった選手も何人か居ましたが、対応が適切だったという確信は未だにありません。
競技直前に口頭やプレゼンテーションで情報提供をするテクニカルミーティング(TM)も、「通訳が入るくらいの違いだろう」と思っていましたが、その通訳も日本語→日本手話→国際手話という2段階が必要で、回答も同じように二段階で戻ってきます。それ以上に、それまでに提供された競技情報(書面)を十分に見てくれない、対策として逐次提供した会場のダイアグラムなども十分見て貰えず、当日バタバタすると行った対応が多々ありました。聴覚は環境から無意識のうちに情報を取り入れるチャネルです。それが使えないこと、周囲からの情報収集に消極的で理解が難しいのだという、本人も聴覚障害者のスポーツディレクターから教わりました。
TMで面白かったのは、情報提供をするSDが手話で情報を伝え始めると、途端に会場がうるさくなるという状況でした。普通は情報提供者が話し始めたら静かになるはずです。TMに参加するコーチには聴覚障害者も健常者もいます。SDから手話で伝えられるメッセージを手話が分かる健常者からそうでない健常者に伝えるために、チーム内での私語が増えるのです。情報提供者側も、私語が聞こえないので一向に気にする様子もありません。
競技会場の静けさだけでなく、不思議な世界がそこにはありました。

私たちは、昨年からオリエンテーリング会場に何度も秋篠宮紀子様をお迎えしてきました。慣れたつもりでいましたが、正式なお成りは初めてであり、その違いは想像以上でした。なお、正式なご臨席は今でも「お成り」というそうです。こんな言葉、時代劇でしか聞きませんね。
それでも今回は、JOAはただの競技運営の受託者に過ぎません。主催者である東京都がどのように準備を進めたかは知る由もありません。東京都のオリエンテーリング担当の竹内さんは、本当に大変そうでした。結局、お成りは日比谷と大島の両方ということになりました。
日比谷は16日のリレーの日にお成りになりました。スタート・フィニッシュのそばにはVIPテントが設営されましたが、15秒くらいしかおいでにならず、設営担当者が嘆いていました。妃殿下は競技の間ずっとラインのそばで声援を送られていました。終日天気のよい日で、日焼けなされないかと、余計な心配をしていました。
この日は恐らく観戦でお帰りになる予定だったようですが、レース終了後は、選手エリアにおいでになり、各チームとの歓談の時を持たれました。そこまでは想定内でしたが、その後、南側にあるフィニッシュレーンにおいでになり、これまで大会会場で知り合ったオリエンティアと歓談の時をもたれました。まるで、プチ園遊会!
さらには公式のお成りは午前中のみでしたが、「午後のスーパースプリントも刺激的ですよ」とお伝えしたところ、午後も観戦にお出ましになりました。想定より早い優勝時間でエキサイティングなレースをご覧いただけたのは何よりでした。
大島では、ご長男悠仁様と一緒においでになりました。リレーの前々日には黒づくめの20人くらいの集団が来島、改めて正式のお成りの格式を思い知らされました。当日は島の歓迎行事や施設の訪問、災害慰霊碑への訪問などを経て夕方宿舎入り、女子選手の歓談などをされていました。お泊まりになった部屋は運営側とは建物の反対側にありますが、廊下には夜通し夜警が座っているのが見えました。
当日朝は、噴火からの再生の森の生態を見学された後、競技を観戦されました。そのためのテントは私たち計測テントのすぐ隣。バックヤードで計測が働く1m隣で皇族が競技に声援を送るなんていう光景はオリエンテーリングならではかもしれません。そのバックヤードにも労いの声をかけて頂きました。

競技に参加するのはもちろん楽しいですが、運営はさらに深い楽しみを提供してくれます。今回最大の楽しみはいわゆる生粋のオリエンティアではない人がたくさん運営に参加してくれたこと。加えて、東京都が主催者の本大会では、東京都事業団の人、イベント業者など様々な人とコラボする機会を持てました。その全てが順調だとは言えませんが、最後には一緒に乾杯して、長かった準備のプロセスを振りかえることができました。


もっともディープなコラボレーションは、やはりSDとのそれです。SDとは国際連盟(デフリンピックのケースでは国際ろうあ者スポーツ協会)から派遣されるエキスパートです。通常のオリエンテーリング大会ではこれはSEA(シニア・イベント・アドバイザー)と呼ばれています。彼らとの協働は大会の成功とスムースな運営に欠かせません。正直いけ好かないやつもいますし、「おまえちゃんとルールが分かっているのか?」と思う奴もいます。合理的な指摘には同調し、納得いかない指示にはルールを参照しながら反論する、もっとも気を遣う仕事でもあります。
今回のSDは途中からリトアニアのトーマス・クズミンスキ氏に交代、一度も日本に来たことのない彼がどのようにイベントコントロールをするかを注目していました。夏のマスターズ遠征でスペインに行った際には、彼の方から声をかけてくれて、ファーストコンタクトを果たし、9月から本格的な協働が始まりました。びっくりしたのは、日比谷で地図の修正についてあれこれと指示が出た点でした。ストリートビューで現地の様子を確認しているようでしたが、その指摘はいちいち正しく、「畏れ入りました」。途中からは、「あのな・・・」と言われただけで、文脈から何が言いたいかを理解でき、まさに「あうんの呼吸」で意思疎通できるようになりました。
正直、形式的と思う指摘も、運営者の負荷を考えない思いつきと思う部分もないではありませんでした。普通はPCで自動的に行うスタート順の抽選を、紙のくじ引き方式にしようと言われた時には、カチンと来て「嫌です!」ときっぱり断ったら、通訳の人が「もう少し、婉曲な表現にしてもらえませんか。私たちが困ります」とまで言われました。
大島でのミドルの直前にはそれぞれ独立してフラッグのチェックをしましたが、戻ってきてから、「コースについていいたい事がある」と言われたので、「えーっ」て思って聞くと、途中GoProで撮った映像を見せながら、「フラッグ位置を2m動かせ」と言われました。オリエンテーリングのフラッグ設置は、もちろん地図があり、その位置に正確に付ければよいのです。これは地図が読めれば誰でもできます。しかし、世界選手権レベルでは、競技不成立などにはならないものの、ここはもう1mこちらに寄せた方がいいだろうという判断もしばしばあります。実際、大島でも、3レースで合計10カ所くらいは位置を動かしたと思います。このコントロールもそのうちの一つでしたので、内心にんまりしながら、「ああその通りにすでに動かしてあるよ」と伝えました。競技に対する感覚については絶大な信頼を寄せることができました。
最後の競技で全員が帰還した瞬間の幸福感・安堵感は運営の最大のご褒美です。その余韻に浸りながら、夕食までに間に三原山にジョグに行こうと温泉ホテルの玄関に出ると、解説者としてお願いした鹿島田さんがストレッチをしている姿を発見!彼と一緒にトレーニングで走るのも20年ぶりでしょう。思い出深い1ページを加えることができました。
年末は、友人の誘いで香港に行ってきました。次号は香港プチ遠征記と知られざるアウトドア天国香港レポート!お楽しみに。
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