コラム135:台風のさなか、山にでかけよう! 

 7月最後の土曜日、静岡大学教育学部はオープンキャンパスの予定だった。だが、台風が静岡を直撃する予報が出されていたので、前日昼すぎには早々と中止を決めてしまった。予報を見ても、本格的に悪くなるのは午後だったので、午前中のみの開催は可能だと思っていた。しかし昨今、警報が出れば公共交通もすぐ止まってしまう。帰宅困難者が出て、ニュースにでもなれば、逆効果になってしまう。多大な準備をした教職員には残念なことだが、昨今のリスクマネジメント環境を鑑みると、仕方のないことだろう。遠くから、前日のうちに来ていた高校生もいたそうだから、なおさら残念。

 

 本来は講演や模擬授業をしている時間だったが、やることがなくなってしまった。研究室で仕事をしている合間にトイレにいったら、窓から南アルプス前衛の山々の緑が美しい。青空も覗く。「山行きてえなあ、こんな天気なのに。」

 

 そんな風景を見て思いついたのが表題のイメージトレーニング。さあ、これから台風が来るって時に山にでかけよう。「あほとちゃうか!?」言われそうだが、なぜあほなのだろうか。あぶないから?だが、もともと山は「あぶない」ものだ。どこがどうあぶないのだろうか?突き詰めて考えられるかどうかが、ほんとの「あほ」とリスクにタフな登山者を分ける。「海にでかけよう」では僕は行きたくないが、山なら行ってもいいと思う。ひょっとして海に詳しい人なら「海でも行っても大丈夫だよ。(ただし・・・)」というのかな?

 

 現場主義的意思決定論の「グル」ゲーリー・クラインは「プレモータル分析」という方法を、楽観主義から抜け出す方法として提唱している。プロジェクトなどでも、うまく進んだ場面ばかりを思い浮かべがちだが、「もし失敗したらどういう時か?」と考えるのがプレモータル分析の主旨である。プレとは事前の、モータルとは致命的な、という意味らしい。簡単に言えば、死亡前の死因分析ということなのだ。この視点から「台風のとき、山に行って死ぬとしたらどんな時か」を考えてみよう。

 

 そもそも山で死ぬ理由は13個しかない(警察庁の山岳遭難統計の分類による)。そのうち、雪崩、火山ガス、動物の襲撃は、台風のケースでは除外していいだろう。転倒も軽微なのでまあ除いてもいいだろう。疲労は病気と一緒でよい。これで死ぬべき理由は8個。滑落・転落もまとめられるので7個になった。悪天候はこの場合前提なので、残りは、落石(落下物)、鉄砲水、病気・疲労(低体温、下山できないことによる餓死)、滑落、道迷い、落雷、である。

 

 落石も鉄砲水も完全に地形に依存するので、100%リスクのない場所を見つけることが、できる。そうすればこの2要因のリスクは事実上ゼロにできる。ただし倒木等の落下物は場所を選ばないのでリスクはゼロにはならない。ゼロにするためには頭上に森のない場所を選ばないといけないので、悪天候への脆弱性が高まる。病気・疲労は回避できるだろうか?完全には回避できない。だが、台風でなくてもありえる病気を除けば、これらの進行は基本的にはゆっくりで、その兆候を感知することができる。だから、退却さえできれば、その影響をかなり低減することができる。滑落は台風でなくてもありえる。しかし雨量が多ければ滑落の可能性は高まる。しかし、これもルートを選べばかなり低減できる。一般的な登山ルートでは、滑落の危険があったとしても、非常に限られた場所だ。そこでは慎重な行動と撤退する勇気が求められるが、それは台風に限ったことではない。落雷についても、夏山に比較して台風中の落雷というのを聞いたことがないので、可能性としては少ないのだろう。だいたい普通の樹林帯にいれば、そのリスクはかなり低い。

 

 さあ、こんなに低いのだから、行かない理由はないだろう。もちろん、上の検討から分かるように、ルートについては慎重に選ぶ必要がある。それと、いつでも「退却する勇気」は欠かせない。

 

 実際に行ったとしたらかなり怖いだろう。だが、コントロールされたリスクの中で体験したその怖さは、よりシビアな条件下でリスクを下げることに大いに貢献するだろう。

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