コラム141:時代

毎年、初夏になると警察庁から、昨年の山岳遭難の概況が発表される。夏山の登山シーズンに向けて、警鐘を鳴らす意味もあるのだろう。その報告も合わせて、全山遭(全国山岳遭難対策協議会)が開催される。この協議会、数年前までは各県持ち回りで行われていた。各都道府県の救助活動お国自慢のような部分も正直あった。遭難対策とは言え、救助活動、つまり何かが起こった時のダメージコントロールが主として紹介されていた。

 

 各県持ち回りから東京での毎年開催になってから、内容が変わりつつある。ダメージコントロールから、未然防止も含めた対策へ。長野県あたりが総合的な山岳遭難対策を打ち出した頃と軌を一にしている。

 

 7月5日に開催された今年の協議会は、一段と先鋭化の度合いを増していた。圧巻だったのは富山県自然保護課の「安全登山対策の更なる充実に向けて」という報告書である。未熟な登山者が圧倒的に多いというリアリズムに基づき、ダメージコントロールと未然防止という二つの側面から、安全登山の対策をまとめたものだ。さらに、未然防止とダメージコントロールをソフト(対人管理)/ハード(対物管理)でマトリクスにし、総合的な安全登山の名に恥じないものとしている。自助共助公助といった災害対応では当たり前のようになっているが、遭難救助ではパターナリズムのもとで忘れられがちな視点も盛り込まれている。

 

 IT関係の技術による遭難防止、遭難救助の発表が多かったのも今回の特徴だった。日本山岳ガイド協会が運営している登山届提出サイト「コンパス」と連動したドローンによる遭難者発見の実証実験の話も興味深かった。「コンパス」というサイトがあることは知っていたし、そこには下山届を出したり、それをチェックして、下山が確認できない場合には家族等に連絡する機能もあることは知っていた。さらに、スマホを持っていれば登山者の通過を自動的に把握できる「スマート道標」によって、通過位置の特定まで可能になるという。この発表では、それにドローンを組み合わせて、行方不明者の捜索を効率的に行えるという。「コンパス」をプラットフォームにして、遭難対策が効率的に展開される可能性が提示された。

 

 こうした技術が進む中、登山者が「持っていさえすれば安心」「持っていれば助けてもらえる」という人任せになることには懸念がある。ドローンによる実証実験を行った鳥取県も、警察官は全県で1000人ほど。実際に、実証実験ほどの捜索隊を編制できるのかという危惧もあるという。こうした意味でも、山のリスクに対しては自助が基本であることは変わらないと感じた。自らリスクあるが故に魅力的である場所に入っていること、まずは自分での対応が求められていること、それと同時に、リスクに対応すること自体が山の魅力だということをより多くの登山者に理解してもらうことも重要な課題だ。

 

 こういう全国協議会というのは、「遭難は漸増傾向、高止まりが続いている。我々が頑張ろう!」という勇ましいスローガンに終わりがちだが、だが、現実には限られたリソースでやっていかなければならない。救助隊も組織である以上、自分たち自身の安全にも留意してやらなければならない。コンプライアンスも重要だ。そうしたジレンマの中で山岳救助もやっていかなければならない。遭難救助のリアリズムが強く意識しているという点でも、画期的な協議会だった。

 

(写真は富山県自然保護課の発表)

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